恐羅冠山の遭難事故
私もこれまで国内外の山に300近く登ってきたが、登山道のないところを進む「藪こぎ」を好んだ。ルートを選ぶのに難しいのは「下り」だ。想像して欲しい。山は上に行けば行くほど収束して山頂に到達するので、迷いようがない。しかし下りは、山頂から最初の10歩の踏み出しの方角を間違えると、下れば下るほど全く違う場所になってしまう。途中で気付いても、引き返して戻る体力があるかどうかの問題になる。
だから、「下り始めの初めの初め」だけは、大変気をつけねばならないのだ。山頂付近がネジレていて自然に向きが変わっていくこともあるし、私も何度か誤った方向に引きずられかけたことがある。しかし、その都度気付いて引き返して事なきを得てきた。
私は初心者を山へ初めて連れて行くとき、まずはコンパスとヘッドランプ(頭につける懐中電灯)を無理やり買わせてきた。これらはいわば「死なないための道具」だ。コンパスも持たずに、オシャレで機能的な登山靴や上着に身を固める不思議な登山者は実に多い。そんな指導は全くしていない恐るべき登山の指南書も多いので仕方がないのかも知れないが。
このたびの遭難はコンパスを持っていたので、途中で誤っていることに気付いたらしい。もっと早く気付けば良かった。繰り返し言うが、下り始めが肝心なのだ。
ちょっとしたことで、生と死の分かれ目になる。ギョウザと違って、決して「運」がいい悪いでは済まされない。