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洪水と共に歩む

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大量のゴボウがあって私である

JR西日本が誇る豪華観光列車「瑞風」関連のパーティーに参加した。私は食材の生産者として。会場は、もうかれこれ10年以上お世話になっているボンヌママン・ノブだ。

1時間40分の道のりを車で向かっているとき、珍しく、このたびダメにしたゴボウのことがやたらと頭に浮かんできた。昨年の10月から準備をし、11月に種を蒔き、トンネルを立て、その頃に母が亡くなり、亡くなった翌日だって頑張って立てて、何とかヤリクリで立て切り、冬はひたすら草を削り、春は換気作業に精を出し、ようやく収穫までこぎつけた、それが一夜にして大部分を失った・・という極めてベタな回想である。

もうすっかり農業者になったおかげなのかなんなのか、日頃はいちいちセンチメンタルな感情というのは湧いてこないものだが、それは今日がちょうど被災1ヶ月目ということがあったかもしれない。また久しぶりの1人での非日常で(子供が小さいとこういう時は中々ない)、たまたま頭が覚醒したということもあったかもしれない。しかし普通に考えて、一番大きな理由が、今向かっているのがパーティーの会場だということだろう。なにしろ1年前の前回は、乾杯がゴボウスープで行われ、私のみ挨拶を求められるという主賓級の扱いをいただいたのだ。胸騒ぎがするのは必然だったかもしれない。

そして予想したとおりに、私は会場で打ちのめされることになった。私はゴボウあっての私なのだ。しかも度を抜くゴボウが大量にあって、初めて私は私なのだということ。何とか掘り上げたゴボウが2~3トンあるじゃないか、という慰めは意味が無い。10トンを優に超えるゴボウの管理をし、それを育て上げた、ということでようやく私は私にアイデンティティを抱けるのだと。

これまでにも、「私は大した人間ではないが、ゴボウのおかげでみんなが持ち上げてくれる」という言い方を随分としてきた。しかし今回、漠然としていたその正体が分かった。持ち上げられる「こそばゆさ」ではなかった。育て上げた自負に対して感じるこそばゆさだったのだ。

このたびの災害。当然私なりの反省をし尽くしているが、ボチボチそのことにも触れていきたい。うちの今回の被災は、天災でもあろうし、人災でもあろう。しかしかなりの割合で「私災」である。私次第で随分と被害を軽くすることが出来たのだ。今日はそのことは置いといて、つまり最後まで、収穫開始を3日後に控えて最後まで育て上げることが出来なかったのは、あまりにも私自身の罪であり、私は私であることを、私の無能によって放棄したということだ。

パーティ会場でそんなことに気付き、しばし消沈したのは事実だが、すぐさまそれは意欲へ変わった。私が私らしくあるためにするべきことは、あまりに分かりやすい。しかも私災と言えるだけあって、次への改善の余地がはっきりとある。

生きるなら、胸を張って生きたい。それが私にとっては・・今のところ・・もちろん今の品質を維持した上で、大量のゴボウということなのだ。


by tanboya3 | 2018-08-06 17:52 | 生き方

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