洪水と共に歩む

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勉強会へ参加する意義

昨日は予定通り大和ミュージアムへ。息子も喜んだし、私もいい骨休みになった。

骨休みといえば、ちょうど1週間前にも鳥取県へ行っている。こちらは米子のM君の農場で行われた自然栽培の稲作勉強会への参加。忙しい中をチョコチョコ休んでいるわけだ。
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これはその勉強会で、M君が田んぼに穴を掘っているところ。自然栽培をやるときには、まずは自分の田畑の土の中がどうなっているのかを知ることから始まる。圃場毎どころか、同じ圃場の中でも違っていたりするんだから、まずそれを知ること。本当は自然栽培でなくたって、どんな栽培方法でも必要なことなのだが、肥料でそこそこ育つからほとんどの農業者はこんなことはやらないのだ。

今回の勉強会も、まずはこれから始まって、あとは関係者で管理方法や見立ての共有。夜の懇親会をまたいで半日+半日の日程のところを、都合により残念ながら懇親会前においとましたのだが、それなりに実りのあるひと時になった。

私は自然栽培を始めて9年目になる。そして稲作自体は研修も含めると19年目になる。この間それなりに学んできたので、まずまず多くの理論や事例に触れてきたつもりだ。しかも今は、自然栽培のようにまだまだニッチな分野であってもネットで多くの情報に触れることができる。勉強会で出てくる知識や理論や実践例だって、正直その多くはすでに聞いたことがあるというものがほとんどである。

しかしこういう勉強会はやはりいい。「知っていること」と「出来ること」と「やっていること」というのは、やはり違う。知っていることを、如何にして出来るようにするか、そして如何にして実際にやるか、というのはそれなりに難しいことであるが、それにはまず、「それをやる必要性」というものを自分で認識しなければならないという前提がある。ある一つの管理をやるのかやらないのかは、自分がその管理の必要性を思うかどうかがまずスタートである。

そこのところが、実践者が集まって語らう場で有意義である。一つ一つの管理の必要性に正解はなく、何を基準に考えればいいかが分かりにくいことだらけの中で、決め手となるのは、実は「勘」であるだろうと思っているが、その勘が実践者のやり取りの中では働きやすい気がしている。それを求めて、こういう場に行く。このたびも改まって新たに仕入れた情報があるとは言えないが、今後こう変えてみよう、という指針を立てるのには大いに役立った。

自らの生活で可能な限り(経営)、如何に自然界の仕組のみに頼って稲を育て(規範)、如何に多くの米を実らせるか(ロマン)。もっとも稲に限らずすべての農産物についてであるが、人生としてあまりに深く、楽しいことである。

by tanboya3 | 2018-04-06 16:03 | 経営(全般)

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