洪水と共に歩む

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今の人生を悔やむのかどうか

更新が滞り気味の今月だったが、そのまま大晦日を迎えてしまった。今年は何か不思議な感覚の年越しだ。年越しには大体決まって両親といた。高校から家を出てしまった私にとって、暮れと正月というのは両親と過ごす貴重な時間になっていたのだろう。それがぱたりと途切れてしまった。

死というものについて、このたびは改めて何度も考えるのだけれど、昨日だって一昨日だってもう考えないことがない。その中で死とは、意外と死ぬ本人には関係なくて、残された者にとっての問題なのだと思うようになった。これまでの私は自分の「死」について考える時、それを前提とした自分の今の「生」について強く思いを巡らせてきたが、そんなことは当たり前のことで大したことではなく、そんなことより、遺族のその後の方が大問題なのだ。母の死は、このことをあまりに強く気付かせてくれた。

そして年の瀬に合わせてもう一つ。現在の暦の年の瀬というは、まったく私の生き方にとって年末を感じくれさせてくれないが、それでもそれなりに、その今の生き方の幸福を噛み締める瞬間くらいは、世間のムードとともにやってきていた。しかしこのたび。今の自分の人生が幸せなのかどうなのかがよく分からなくている。簡単に言えば、もう少しゆとりがある人生、具体的には、次に親父が亡くなるときには人並みの葬儀らしいことをしてあげられるくらいのゆとりのある人生が、私にはなくていいのかということである。兄弟のうち当地に住んでいるのは私だけだ。私に暇がない限りはいろいろなことは難しい。

そもそも私のこんな人生が、母を早い死へ追いやった可能性がある。親父が、次は自分が死ぬ番だと話す中で、「お前が生き物相手で待ったなしのことは良くわかっている。残されたお前たち兄弟の問題だ。自分は家族葬でも密葬でも構わない。」と気を使ってくれるのが不憫で、死が残された者にとっての問題ということとの矛盾が、私の中で収まりどころなく渦巻いている。

※1回目草取りマラソン進捗率:51%

by tanboya3 | 2017-12-31 06:17 | 生き方

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