あちこち見回した限りでは、「青年就農給付金」の評判があまりにもよくありません。
農業に縁のない人に簡単に説明します。新規で農業を始めた人は年間150万円を国がくれるんです。しかも5年間(研修も含めると7年)に渡って。凄いでしょ。当然審査をパスしないとだめですが、大概の新規就農者がもらっています。「ってことは、近所のあの人ももらってんの?」はい、たぶんもらっています。
名目にはこう書かれています。『青年の就農意欲の喚起と就農後の定着を図るため、就農前の研修期間(2年以内)及び経営が不安定な就農直後(5年以内)の所得を確保する給付金を給付します。』
どうですか、一見まともでしょ。でもこれはある学者の言葉を借りると、「働かなくていいですよ。」という補助金です。だって年間で150万も、5年間に渡ってくれた上に、農業経営が軌道に乗らなくても返さなくていいんです。ほどほどに働くだけでとりあえず5年も暮らせるわけです。
もちろん多くの人が、6年目から補助金がなくても自立できるように頑張っている「つもり」でやっています。でも人間なんてそんな強いもんじゃありませんから、知らず知らずのうちに緩みます。12の努力が必要なところで5の努力しかできなくなります。無意識のうちにそうなります。だから頑張っている「つもり」になってしまいます。
そうしてあらゆる意味で貴重な立ち上げ期に、ベストの努力をしないまま時が立っていきます。私はこの補助金は「麻薬」だと言っています。麻薬ですから本人に自覚はありません。そしてそれを忠告しても「わかっちゃいるけどできないよ~」というのが麻薬であり、知らず知らずうちに蝕まれていきます。気が付けば5年が経ち、補助金が切れ、生活レベルが一変します。やむを得ず離農していくハメになります。
しかし、というようなことは実はまだ起こっていません。この制度が始まってまだ5年が経たないからです。早い人でも2017年までは補助金が続きます。しかし巷ではあまりに評判が良くありません。私の知り合いにもこの補助金を受けている人がたくさんいますが、私の目から見ても不安な人が明らかに多いです。この制度を「討ち死にモデル」などと表現する人や、2020年ごろには離農者が手放すおかげで中古農業機械市場が賑わうだろうと揶揄する人もいます。
この補助金制度自体を、自民党の農林部会長になった小泉新次郎議員が「ゼロベースで見直す」と発言しています。私もこれには大賛成です。でもこの補助金自体が悪い制度とは私は思っていません。補助金の使い方によってはとても有益な制度です。
私は、もっとも効果の高い補助金制度はハード補助だと思っています。機械や設備(ハード)の購入に際し一定割合を補助するものです。うちも農業を始める時には大変ありがたいことにこの補助をいただきました。ざっと3000万円の購入に対し、半額の1500万円を行政(国民)が補助してくれました。(周囲の新規就農者に比べると金額が大きいのは、10ha規模から始めるという成り行きがあったためです。)おかげで、頑張りさえすれば経営が成り立つという「資格」を得たわけです。
専業農家として経営を「現実的に」続けていくためには、それなりのハードが欠かせません。だから農業経営をするということは、うちのようにスタートでその多くをそろえることが出来た場合はいいですが、そうでない場合は、何とか経営を続けながら、一刻も早く、安定に必要な規模のハードをそろえる必要があります。
もちろん初めは揃ってないわけですから、それをカバーするために労働時間を長くとるとか生活レベルを抑えるとかしてかなり無理をすることも余儀なくされます。ジッと耐えつつ、1年でも早くハードを揃えるのです。ハードが揃うのが先か、自分が倒れる(嫌になる)のが先か、の競争と言っても過言ではありません。もっともどんな農業を目指すかということにも依りますが、大なり小なりこういう側面が必ずあるわけです。
しかし青年就農給付金は現金をくれるわけです。しかし生活費補助の名目で半年に75万円ずつ小出しにしかくれません。5年間の総額750万円を一度にくれれば一気に750万円分のハードを揃えることができますし、ここに50%のハード補助制度を組み合わせられれば1500万円分を揃えることができます。農業経営は一気に現実味を帯びてきます。
しかし小出しにしかくれないのではそういうわけにもいかない、もう嫌がらせとしか言いようがありません。ついついそのお金を名目通りに生活費に充ててしまい、「働かなくてもいいよ~」という無意識の幻聴が聞こえてしまいます。
ハード補助なら現金は一円ももらえないので生活費に充てようがありません。経営が軌道に乗るまでは、生活費を削り、場合によってはバイトも組み合わせて1日18時間労働で生活費をねん出せざるを得ないかもしれません。そしてその境遇から脱するためのモチベーションが否が応でも養われます。その間の自分との対話は一生の仕事を生み出すという過程で有意義な行為ですし、結果的にその開始時の経験が後に生きることにもなります。
これは私自身の経験はもちろんですが、あちこちの事例を見聞きして言えることです。
ちなみに「お金は二の次にして、もっと別の真っ当な価値観で生きていきたいんだ。」という人も少なくありません。農の分野ならではの感覚です。これについては私も感心するし、他で議論をしたいところです。しかし現実的には、年金暮らしの年配者以外はほぼ挫折してしまうようですので、ここでは横に置いておきましょう。
じゃあこんな補助金はもらわない方がいいのかというと、そういうわけではありません。もらえるものはもらった方が得策です。使い方を工夫すればいいのです。
ではどうするか。ハード補助にすり替えてしまえばいいのです(→
★)。
5年間に渡ってもらえる総額750万円を担保にして、お金を借りるのです。自分の貯蓄と相談して、例えば最低でも750万円は借りましょう。そして必要なハードを一気に揃えるのです。つまりもらえる補助金は明らかに必要なハードに変えて全部放出してしまうのです。
そして他のハード事業があれば組み合わせましょう。2分の1補助の制度が受けられれば手持ちの750万円で1500万円のハードを購入できます。一度に全部を使いきらねばならないということは有りませんが、必要なものはなるべく一気に揃えるのが経営的に有利です。カギは、「ハード整備は一年でも早く」ということです。
基本的にはこの補助金を使いこなす方法はこれしかありません。それが「金に呑まれず」「金を呑む」ということです。要は金に呑まれなければいいわけです。
人によって既にこの補助金を受けて1年2年3年と経過しています。被害は最小限に抑えるべく、残りのお金をハードに放出しましょう。
この補助金には、単なるハード補助と比べていい点もあります。それは中古が買えるということです。ハード補助は、新品を入札によって買わねばなりません。近所にお買得の物件があるからといって中古を買うわけにはいきません。しかしこの補助金なら自分の自由に使えますので、リタイアしたがっている農家から掘り出し物をそろえることもできます。使い方一つで素晴らしい補助金になります。
「生活費はどうするのか?」という怖さがあります。そう、怖いです。私も怖かった。未来は見えないですから。でもそれで怖がっていてはどのみち経営をずっと続けていくことはできません。今はいい時代です。最悪でも野たれ死ぬことはありません。
気が付いた時には蝕まれているのが麻薬です。呑まれることなく、経営を軌道に乗せて行きましょう。