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はんだ牛蒡ブログアーカイブ

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お世話になった先輩のブログ

大学の同じ科の1学年先輩で、農業でなく造園業を営む人だが、こんなブログがある。

http://www.takadazouen.com/topics/zouen/topics.cgi

この先輩には学生時代以外にも、千葉県の農業修行時代にも大変お世話になった。偶然近くに住んでいたので、太っ腹な彼はよく飲みに連れて行ってくれたし、稲刈りなどのイベントにもよく来てくれた。一緒に上越の山にも登ったし、茨城の百姓同級生を訪ねた時も一緒だった。

ブログ以外にHP全体が何ともすがすがしい出来栄え。この美しさの裏に、汗臭く、土臭く、人間臭い施工現場がある。曲がりなりにも造園の世界の一部ををカジッた者として、一流の庭職人の「凄さ」を思う。

この人も天才である。そして昨日の天才と共通することは、才能だけでなく努力も一流だということ。「これだけの 努力を人は 運といい」という川柳。簡単に「天才」などと一括りにしてしまうのは彼らに対し失礼かもしれない。

天才という人は、確かにいる。しかし私がこれまでに見てきた天才達は、みな努力が半端でない。私もこれまでしてきた努力にはそこそこ自信があるが、20代の頃から他人の自慢話や苦労話を聞くのが大好きだった私は、「そうか、天才でも努力をするんだ、じゃあボンクラの俺もすればいいんだ。」という意外と簡単なノリでやってきたといえる。受ける刺激、張り合い。そういう意味で天才達との出会いは有意義であった。

こういうことを感じて頑張っている人は少なくない。共通の天才をネタにして、○○はすごいなあ、俺らも頑張ろう、的な話で盛り上がった場は何度となくある。人間はそうやって成長していくものなのだろう。

こういう成長をする人間は、自分が取るに足らない人間だという自覚がある。私はそうだと自信を持っていえる。だからボンクラの成り上がり。本質は力無しだが今では成り上がれているのだ、というささやかな反骨信と自負がある。

こういう私のような人間の目から見て残念なことは、そうでない人も圧倒的に多いということ。そういう人たちの共通点は、自分自身を進歩の止まった人格と考えているということ。私はこうなのだ、という変な思い込み。それが行き過ぎて、自分が既に完成された人格であるとの勘違い。こういう若者をたくさん見てきたし、身近な例はこれまで散々紹介してきた。実にもったいない。もったいない。

しかしこのことは自分も肝に銘じなければならない。そういう若者らと私は何も本質的には変わらない。

なぜなら、子供のころは誰だって周囲から貪欲に学ぼうとする。それは無意識なレベル。叱られ、誉められ、人間としての常識を学んでいく。それがあるときどういうわけかヒネクレてしまう。その「あるとき」が、中学時代なのか、高校時代なのか、大学時代なのか、就職したころか、仕事で成功したころか、すっかり年を重ねたころか。人によって個人差はあるがどこかでそうなってしまうというだけのこと。私のよく知っていた人が、「自分は50を過ぎたらこんなに偉い人間だったということに気付いた。」などと言っていたということを人づてに聞いたことがある。人間の欲求は「自己実現願望」の次は「尊敬されたい願望」だといっていたのは誰だったか。

私の謙虚的な心は、単にそういう若者らに比べて変わってしまうのが遅いだけのことなのかもしれない。いずれは私も自分に自信や変なプライドを持つときがくるのかどうか。もちろん今は分からない。今のように生きていく方が圧倒的に楽しいと思えるから。

そして80を過ぎても油ののった若者のごとく謙虚で前向きな人というのはいる。私もそういう生き方ができるかどうか。

先輩のブログの話に戻って、4月27日付けの「造園修業に応募される方へ」。読んで気持ちが爽やかになった。さすがだなあ。他人事のようにまたは自分事のように、反省しつつ頷きつつ読んだことだ。

by tanboya3 | 2010-05-26 17:23 | その他

およそ月1回更新。日々のブログは、http://handa-shizensaibai.com          


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