洪水と共に歩む

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昨日の夜は、先日の中高生合宿の振り返り会。

常に修業的に物事に臨んでいるつもりだから、当然のように合宿自体に、それは特に「自分を知る」という行為において、得るものがあったのだけど、むしろ昨日の振り返りの方が私にとっては大きな学びの場になったようだ。合宿で感じたモヤモヤが、すっかりクリアーになったとは言えないけれど、ああそういうことかととりあえずは合点がいったところ。

今、当然得るものがあったと書いたが、近年それらがあまりに曖昧になったと感じている。つまり以前なら、取り組む物事の最中に「凄いことに気づいてしまった!」と興奮する場面が必ずあったものなのに、近頃は、何に参加したところでそこまで具体的な獲得物でない場合がほとんどである。このことが私には、何か頭が固くなってしまったというか、柔軟性が無くなったというか、要するに純粋な後退のようで気に入らなかったのだが、これはこれでありかな、と今では自分なりに得心がいっている。つまりは歳を取っているということだろうし、モヤモヤ物が得られるようになったことは、むしろ実は進歩したのではないかとさえ思えているのである。

「自分らしさ」というものと「自分の駄目さ」というものの共存はとても難しいことである。しかしそれらは単純に区別できるものでも評価できるものでもないし、これらのバランスをうまくとってくれるものがまさに自己肯定感であるだろう。うん、そうだ、反田は何を得た?と昨日聞かれて上手く表現できなかったことは、自己肯定感をテーマとして臨んだ私としては、まあこういうことだ。

何かグダグダと書いているが、時にはこういう「後付け」の言葉遊びをするのもいいもんだ。と同時に、日本は平和だなとも。

アドベンチャー教育、恐るべし。藤樫亮二氏に脱帽。

# by tanboya3 | 2019-02-27 22:22 | 生き方

久しぶりに裏山へ

いやはや、何とも忙しい。久しぶりの更新だ。

忙しいのには諸事情があって、それが1つ2つというならここまでにはならないが、いくつも重なっているからすっかり繁忙期のようになってしまっている。

そんな中、昨日は急に自宅目前の山へ登る羽目に。息子の同級生も一緒に。
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トップページの1枚目スライドの場所だ。思い立って14時出発で15時には着いた。林業会社の皆伐跡地で眺めがよく、今のところタイムパフォーマンスでこれ以上の場所はない。が、展望場の低木が再生し始めており、以前のような掛け値なしの眺めと言うわけにはいかなくなりつつある。せめて次男(4歳成り立て)にもこの眺望を見せてやりたいところだが、あと1年持ってくれるかどうか。

ちなみに、2年前の状況はこちら。
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この程度の工程なら、刈り払い機を担ぎ上げ整備しても大したことはないのだが、時間がないのよな。この時間のなさについては、子供らの教育(部活に代わる活動)も視野に入れると、何とかしたいところだ。


# by tanboya3 | 2019-02-25 22:22 | 家族

有機JAS への諦め

昨日は有機JASの年次講習。夫婦で出席予定だったが、急に末っ子が発熱し、私がキャンセルで一度は決めながら、結局女房がキャンセルに。被災事業の検査と重なり朝からバタバタ。いつものことではあるが・・。

そんなことで片道2時間かけ、遅刻して出席した講習会だったが、この度はある意味私の中で記念すべき機会となった。私の中ではすっかりと有機JAS制度への期待がなくなってしまったのだ。これまでは、たとえ理不尽な項目が多く辟易する制度であっても、それらは見直しを重ねて少しずつ良くなるのだという期待をずっと持ち続けていた。しかし、それはもうないな、と。

流通が固執する以上はすっかり無視をすることはできない。しかし本腰を入れて脱有機JASを考えていきたいと思う。もちろん簡単ではなく何年もかかるだろう。しかしまずは意識しなければ始まらない。

粛々とやろう。

# by tanboya3 | 2019-02-20 22:21 | 有機JAS

中高生合宿

土日は「県立少年自然の家」にて泊りがけの合宿。大人10名あまりと、中高生15名。そこでアドベンチャー教育なるものの達人講師さん主導によるカリキュラム。
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私としては、この歳になってこういう体験ができるとは思っても見なかった。自分はまだまだ精神的には若いのだと日頃から気張っているが、この度しばし子供心に戻れる瞬間があることで、むしろ(肉体的にはもちろん)精神的にも歳を取ったのだなと痛感させられる羽目になった。そんなこんなは自然体で受け止めておいて、こういう機会を得させてもらえたことには、つまりはT氏にはただただ感謝である。

そして何事も「得るものがあれば失うものあり」の法則。得るものというのは修業的観念の中では「そのうち分かる」ものだからとりあえず無視しておくとして、失ったものの方を考えると、こちらは興味深い。もっとも深層心理レベルのことで、私が一人で転がして味わう程度のものである。

取り組みとしては、実はリニューアル後の初開催とのこと。そのメンバーであるからには何かしらの貢献はしたいところ。その場ではどさくさでモヤモヤしていたことでも、一夜二夜が過ぎると見えてくるものがある。反省会ではそれを出し合って、ブラッシュアップしながらぜひ有意義なイベントとして定着していって欲しいものだ。


# by tanboya3 | 2019-02-12 22:20 | その他
子供を持つようになって「自己肯定感」について考えることが増えたが、最近は一層このことについて考える。草取りマラソンで瞑想がちということもあるだろうし、昨日紹介した本やたまたまもらって読んだ本のせいもあるだろうし、他にも2つくらい理由が思い浮かぶ。そんな時に明日あさってと、十数人の中高生と泊りがけで過ごすというイベントに参加してくる。また何かヒントが得られるのではないかと期待している。

私自身は、自己肯定感はかなり高い方だろうと思っている。誤解して欲しくないのが、自分に自信を持っているわけではないということだ。むしろこれは低い方ではないか。自分の弱い部分、ダメな部分、出来ないこと、限界、というようなネガティブネタばかりをつい意識してしまい、私の日々は「俺はダメだなあ・・」とぼやき続けてばかりである。しかしそれは「修業」で身に付いた性分だろうと思っているし、まだまだ自分を高めたいという向上心の裏返しだと思っている。だからそういうことをひっくるめて、私は今の私を「これでいい」と思っているということである。

自己肯定感についてよく考えるようになってからは、周囲の人を見る時に、この人は高いか低いか、という視点で見るくせがついてしまい、我ながら結構面倒くさい(笑)。しかしおかげでそれなりの傾向が見えてきていて、いろいろ思うところがあるわけ。

何でこんなことを考えるのかと言えば、それはもちろん我が子らには何はなくても自己肯定感だけは高く生きて行って欲しいという願いがあるからだ。

ところで、自己肯定感を高める簡単な方法があると思っている。それは常に腹をすかせること。空腹の重要性はキンピラゴボウの本でも触れられているが、常に空腹でいれば自己肯定感を低下させることはないのではないか。なんだそれは、と思われかねないが、これは間違いないという確信がある。しかし現代では常に空腹でいることは簡単ではない。だからいろいろと考えてしまうのだ。

# by tanboya3 | 2019-02-08 22:19 | 主張・提言・考え事

保育園で味噌づくり

今日は子供らがお世話になっている保育園にお邪魔してきた。去年から始まった味噌作り教室だ。講師は女房。
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私は去年は忙しくて行けなかったので、今年は兼カメラマンで覗いてきたわけ。

保育園で育てた無肥料大豆(種はうちの自然栽培大豆)と、自然栽培の米こうじ(ネットで購入)を使っての仕込み。なんとも贅沢で愉快な味噌である。
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両親の来園で嬉しい我らが3歳王子(手前の赤い服)。おお!圧倒的に一番男前だぞ~(笑)。
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保育園、癒されるわ~。時間をとって毎年覗かせてもらおう。私がしゃべると、絶対「うんこに似ている」とか言うだろう(言いたい)から、この距離感で正解だ。

ところで、「祐土くんのおじいちゃん?」と聞いてきた女の子がいた。何気にショック・・。ま、近々孫ができるという同級生もいるくらいだから、仕方がないのだが。


# by tanboya3 | 2019-02-07 22:18 | その他
普段なかなか読書をする暇がないので、普段あまり本を買わない。それでも、これはという人から勧められる本はなるべく買うようにしている。今はネットでパッと買えるからありがたい。そういう本のうちで、先月のインフル療養中に読んだ「天才と、キンピラゴボウの作り方」。あうん健康庵の小松先生の奥さんに「この本すっごい面白いわよ」と薦められた本だが、実に強烈であった。

アマゾンのレビューで侃々諤々の感想が述べられている。子育て(子育ち)について人並みに悩みを持つ一親かつ自然栽培農家の私としては、奥さんが言われたとおりで最高に面白かった。著者は教育の専門家で、その専門家が体を張って3人の子供に行った壮大な実験談というところだが、もう何というか、こんな事例があるのかと。人間というものの奥の深さに陶酔し続けてきた私の半生だけれど、これからの人生に、またある種の新鮮な期待を抱ける希望が湧いてきたところだ。

具体的には、ここ数年来仕事の上で若者と接する機会を持つたびに抱くようになっていた、ある疑問に対する一つの回答が得られた気がしている。また一方で健康的な実生活について、今日からでもすぐさま実践できるような小ネタもたくさん紹介されており、大に小に得るところがある。

誤解なきよう言っておくと、私は自然栽培農家の端くれだから、すでに玄米やマクロビに対し過度な期待を持つものではない。それを差し引いても、十分に多くの学びを得ることができる。

私は中古品として200円くらいで買った。近くの人なら私のを貸してもいい。ぜひ一読してみて欲しい。

関係ないが、昨日の1枚。ようやく大豆コンバインの掃除よ。
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# by tanboya3 | 2019-02-06 22:17 | 主張・提言・考え事
今日は旧暦の大みそか。明日から新年ということになる。新月になるのが朝の6時ごろでちょうど起きるころだそうだから、なんとなく気分的な区切りもいい。

毎年この旧暦の年替わり頃に1回目の草取りマラソンが終わっているのが定番だが、今年は苦戦している。あと30時間前後というところか。

こうなった原因は、明らかに気温の高さ。これだけ温い(ぬくい)年は珍しい。昨年はこれまた珍しく、寒さでゴボウが枯れた程だったから、今年の暖かさを一層実感する。

これは今日の朝やったところ。
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ゴボウどこにあるか分かるかな。
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ここまで草を増やしては農業者失格だ。労力的にはこうなる前に「シゴ」をしなければならない。例えばこの場所、10日前と比べて、労力が2倍に増えている。たった10日で2倍になるなど、いつもならあり得ないこと。

しかし負担感は昨年に比べて少ない。今年は女房がかなりやってくれているから。

こんな事態を招いているわけだが、振り返って、11~12月の初期に私が参戦できていれば1回目のマラソンは今頃余裕で終わっていたはず。つまり大豆の収穫~調整を任せられるスタッフが入れば難なく解決できることである。そこを見誤らず増産の構想を練っていきたい。


# by tanboya3 | 2019-02-04 22:16 | 作業・技術(ゴボウ)
ベトナムにいる彼とはスカイプで2度話したっきりだが、彼のことはよく分ったつもりだ。それだけ性格と情熱が表面ににじみ出ていた。さらに彼は乾燥農業の先進国であるイスラエルに1年の留学経験も持っている。そういう彼と、一緒にうちの農業をできる日を楽しみにしていた。しかし半月前、それは叶わなくなった。ビザの非給付が決まったのだ。

彼の来日の身分は、世間を賑わす「技能実習生」というやつだ。そもそもこの制度自体が不思議な面を持っているのだが、なあなあで運用することで、それを補っていたはずである。しかし昨秋頃からの報道と、それによって明るみになった受け入れ側の多くの非道な実態。なあなあというわけにはいかず、ビザの給付は厳しくなったらしい。真剣に考えていた我々にとっては、とんだとばっちりだ。

我々と言ったが、うちや、一緒に進めてきた紹介業者の痛手は本質的なものではない。一番の被害者はコンちゃんである。うちが雇用を決めてからの彼は、実家を300キロも離れた学校に通い、日本語の勉強を熱心にやっていた。昨年7月の豪雨災害後に、一旦彼の雇用を白紙に戻したのだが、熟考し再び雇用の意思を伝えたときには、もうどれだけ嬉しいのかというくらいに喜んでいたというのは紹介業者の社長さんの話である。

うちが願っていた秋の繁忙に間に合わず、報道を見るにつけビザが下りないのではないかという不安は増していたが、彼の来日後をイメージし、坂の上の雲を共に目指す未来を夢見て、ビザは下りると信じていた。しかし結果は違った。私も数日は落ち込んだが、彼はそれどころではないだろう。今頃どんな思いでいるのか。

非給付の直接原因はうちにあるということを、手続きを代行して下さっていた行政書士さんに聞いている。が、制度の不思議さから、それはまあ仕方のないことで、どうにもできないことである。つまり彼に非はない。がともかく、彼は私の前から姿を消してしまった。

気を取り直して求人を再開している。10年ぶりくらいにハローワークにも出した。当然コンちゃんとは違っていい。人は様々だ。自然栽培での営みで世の中に一石を投じたいと願う若者がいれば、ぜひ門をたたいてみて欲しい。機械化も省力化もほぼ果たした今、担ってもらえる作業次第では待遇もそれなりに弾めるはず。このド過疎の田舎で、痛快な人生を作って行ってもらいたい。

そしてコンちゃんには、またいつの日か良縁を見つけ、来日を実現させて、その情熱を活かす道を得てもらいたい。今はそれが最大の願いである。

# by tanboya3 | 2019-01-30 22:15 | 経営(全般)

薬を飲むか飲まざるか

昨年亡くなった私の母は持病をたくさん抱えていた。私はその原因は薬の飲み過ぎにあると思っていた。明らかにそれが早死にを招いたと思っている。当時何度もそのことを指摘したが話はいつも平行線。母は「薬を飲まずに病気が治るわけがない、自己治癒力というものは迷信だ」とまで言い切るほど薬の信奉者だった。母の実家は薬屋である。

薬を飲むこと自体を悪いこととは思わない。ただ、飲んだ場合のリスクをしっかり理解した上で飲むべきという前提がある前回書いた、気軽に風邪薬を飲ませて重症に陥るリスクというのがある。そして見落としがちなのが、障害が残るほどの重症にはならなかったとしても、もしかすると軽度の障害を招いた原因になっているかも知れないこと。例えば発達障害なんてのも、どこかで気軽に飲ませた薬に原因がないと誰が言い切れるのか。

というリスクの話を、医療業界の事情と合わせてすれば分かってもらえそうなものだが、実際はそうではない。こんな簡単な理屈がなぜわからないのか、と思わないこともないが、冷静に考えれば不思議なことではない。私の場合は、薬を飲む場合と飲まない場合とを比べて、飲む方がリスクが明らかに高いと考えているわけだが、飲まない方がリスクが高いと考える人だっているのだ。ならば通じないのは自然である。

しかし中には私と同様のリスクスタンスでありながらも薬に頼ろうとする人もいる。この原因についてずっと考えてきたが、もう様々だという意外にない。観念世界と現実世界との乖離や、心の三毒たる貪瞋痴(とんじんち)ゆえんの場合もありそう。人とは話せば分かる存在ではない。養老猛の「バカの壁」。

自然界は複雑にして緻密、そして完璧である。人に備わる自己治癒力と重症化を防ぐ仕組み。分かり合えても合えなくても、このことだけは伝えていきたいと決意を新たにしているこの冬である。母のことはもちろんあるが、それ以前に私は一端の自然栽培農家なのだから。

# by tanboya3 | 2019-01-25 22:14 | 主張・提言・考え事

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