洪水と共に歩む

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ゴボウ栽培のプライド

ゴボウが、格の高い料理屋やレストランで取り扱われる(ている)ことについてどう思うか、ということを聞かれたことが何度もある。

簡単言うと「嬉しい」ということになる。しかしそれには格が高いとか高級とかという前提はなくて、うちのゴボウを気に入ってくれて取り扱ってくれている人に対し等しく抱く感情である。

しかし改めて冷静に考える中で、私の中にも取引先によって嬉しさに程度の差があることを認めないわけにはいかない。その差はどこから来るのか。私もそれなりに捻くれてはいるので、きっと世の中の多数派の傾向とはおそらく異なるだろう。そして考えた挙句強いて結論を言えば、「いろいろ」というつまらない答えになって、こうだ、というものがない。

じゃあ仮定の話で、うちのゴボウを使ってもらって、この上もなく嬉しいと思える相手とはどのような相手か、と考えてみる。すると、「厳しい修業を経て今に認められている人で、うちのゴボウに・・ゴボウだけでなく畑、土、栽培にまで及んで・・強い興味を抱いてくれる人。」というころかなと思う。そこには、その道の素晴らしい職人の目にどう映るか、という謙虚な「下から目線」と、分野は違えど同じ職人である私が誇りを持って育て上げたゴボウの良さが理解できたか、という「上から目線」が同居している。

ここで説明が必要になるが、「誇りを持って育て上げた」というのは本当は違う。ゴボウを育て上げたのは「土」だからだ。田津地区の土。謙遜でもポエムでもなく、私らにとってあまりに当たり前の平生ネタ。これが分かってもらえなかったら、どこまで行っても並みの信頼関係・・これでも十分だが・・止まりだろう。だからゴボウだけでなく土や栽培にまで興味を持ってもらいたいということになる。

ま、いいか、こんなこと後付で考えても虚しいね。これからはもっと多くの人にうちのゴボウを使ってもらうつもりだが、ようやくの展開に、これまで頑なにお断りを続けてきた人たちに申し訳ない思いでいっぱいだ。それを思うと偉そうなことが不用意に言えない。「縁」を大切に、できる範囲で筋を通してやって行きたい。


# by tanboya3 | 2018-10-26 13:23 | 生き方
今日は大勢のお客さん。シェフ、テレビ局、県、市、など総勢15名。いつも感心するが、沈みゆく地域の「官」は馬力が違う。島根県民で・・面白いから・・良かったとつくづく思う。

うちのゴボウ経営は第3タームに入ったと言えるかもしれない。黎明期の第1ターム、生産の安定と自然栽培の確立の第2ターム、そして次はというと、さあどう言えばいいか、社会の要請に応えるというか、これまでの土台作りへの傾倒から1歩外へ抜け出す期間ということになるか。

このことは、農業を始める前から漠然と考えていたことではある。まず初めの10年でゴボウ経営を形にして、次の10年で品質を良くしたり機械更新の可能性を見極めて、その頃には私は50代半ばだから油ものって何か社会貢献へも進めるかな、という具合。何となくそういう風に進んでいることにとりあえず満足している。

しかしもちろん慎重は要す。さっき外へ抜け出すと書いたが、意識としてはあくまで1歩だけ。土台はこれからも作り続けるし、一度作った土台だからといって簡単に維持できるものではないのが農業であり、今の自然栽培による経営だと思っている。そして何よりも、「田津の原にバベルの塔は立たない」という戒め。調子に乗って何かを作り上げても、洪水が定期的にやってきてそれらを流し去ってしまうという現実。

多くの人に感じさせてしまう私の物足りなさは、このような境遇下での農業人生から育まれた価値観というか人生観がもたらしていることだろう。実は私はこのままでもいい。このままでも十分心地いいし、戦い好きの私だからこれでも十分攻めの人生を歩んでいるつもりではいる。しかし2~3年前からか、何かもう少し役割を果たしてないなと。もう1歩踏み出してみるかなと。そのためにはとにかくゴボウの増産。最低でも20トン規模。これまでもずっと努力してきたつもりだが、増産への工夫を更に積み重ね、縁をとりこみ、ようやく形が出来上がりつつある。

今日の大勢の来客は、新たなタームへ入ったことの象徴のような出来事だ。スタッフが間に合わないため2019年産の増産は叶わなくなったが、2020年産からはまた新タームを1歩ずつ積み上げてみたい。

なんだ2年先か、ではない。私の感覚では2年先というのは1か月先くらいのものだ。そういえばその頃は日本経済が大変なことになると予想されている。そんなことも含めて、楽しみながら取り組んでいきたい。

# by tanboya3 | 2018-10-25 13:22 | 経営(全般)
ゴボウのトレンチャーがけを終えた。昨年失敗したばかりで、土壌水分において「トレンチャーは適期に掛けるべし!!」というこが社訓以上にもはや社是であるうちにとって、今回はまずまず上手くいったと思っている。ただ砂気の強い畑をもう少し湿り気のあるときにやりたかったかなというのがちょっぴり残念な点。

ところで、ゴボウは作付け工程が結構長い。うちの秋まき型について順に並べると、
1.深耕(耕深15cm。トンネル支柱を安定させる目的。)
2.条の位置決め(種を蒔く位置を決める。前回作とずらす。)
3.轍付けトレンチャー作業が安定するようにトラクターで空運転して畑に轍を付ける。)
4.トレンチャーがけ(筋状に深掘り。耕深およそ100cm。)
5.条小口の耕うん(トレンチャーによって空いた穴を埋めて整地。
6.条の位置計測(7.で深堀り位置が消えるため、控えを取る。cm刻み。)
7.鎮圧耕うん同時畝立て(生育途中での条の落ち込みを防ぐため、トラクターで鎮圧しながら畝立て。)
8.条の位置出し(消えた深掘りの位置を厳密に復元。cm刻み。)
9.支柱、杭、ビニールなどのトンネル資材の準備
10.熊手がけ(芽吹きたての雑草を駆逐。イノシシによる凹みを均す。)
11.播種
12.トンネル設置

でようやくこうなる。(2011年11月)
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10年くらいかけて試行錯誤した結果の工程だが、近年はこれで安定している。しかしこの度3.を止めた。トラクターの性能が上がったため必要なくなったのだ。今、4.まで終わったところ。

そのトレンチャーがけをやっていて、この度は土がとても固い。洪水で空気が追い出されているせいだ。

# by tanboya3 | 2018-10-23 13:21 | 作業・技術(ゴボウ)
3歳王子の連日の蹴りをくらい、寝不足のため何の作業をしていても眠い。そんな中、来期のゴボウの本格的な準備を昨日から始めている。

今秋の繁忙は先がまったく見えないし、それも気分的に重しになって疲れ気味である。つい追われるように作業をするはめになっているが、昨日用事があってパソコンで「はんだ牛蒡」をググっていたら、ずいぶん励まされた。実に多くの人に喜んでもらっている。「ああ、これではいけない、向う気持ちでやらねばダメだ!」と奮起したところ。

ゴボウへの賛辞は、もうこれ以上はいらないというくらいに頂いてきた。日本一美味いというのも1人2人ではない。そして以前も書いたが、7月大洪水で、そのゴボウが大量にあってこそ私は私である、という気づき。バカだな。くたびれに追われるとか下らんことを言っている場合かって。

多くの方に予告してしまった来期の増産(+4~5トン規模)は、予定しているスタッフがこの秋に間に合わないため1年延期だが、諸事情により来期のみは縮小しようかという考えはバッサリ切り捨てた。上等だ、やったろうじゃないの。

周囲には私を利用して面白いことを考えている人たちもいる。日本一なら仕方ないわな、ひと肌脱がにゃ。向う気持ちさえあれば、これからきっと面白いことになる。さて、どう面白くなるのか。

# by tanboya3 | 2018-10-19 13:19 | 生き方
我が江津市というところは大変面白い人間がたくさんいて、面白いことをいろいろとやっているのだが、最近始まった「GOつくる大学」というのもそれ。といいつつ私はまだ一度も参加したことがないが、これはいい!という講義があるので紹介したい。


私はこの時期とても一日を明ける余裕がなく参加できないし、講義の内容を何も知らないのだが、多くの人にぜひ参加してほしいと思う。

というのも、日々のコミュニケーションでは会話が噛み合わないことがしばしばあるが、それは「数学」と「哲学」の軽視から来ていると私は考えている。高校でちょっとだけ数学が好きだったという程度の私が言うのも何だが、数学を学んで実生活に一番役に立つことは、「必要十分」という概念じゃないかと思う。会話がかみ合わないことが多いのはこの欠如のためじゃないかということ。

こないだのちょっとした会話。
私「苗の性質によって畑の管理は変えなければならない。」
A「ちがう。畑の管理を変えるか変えないかは、苗の性質よりももっと大きな他のことに起因する。」

サラリと流れるはずの簡易なネタで、ひとによっては話がこじれる。私は「苗の性質」が畑の管理を左右する単なる必要条件として言っているだけで、それが全て(十分条件)だとは言っていない。(もっとも「・・によって・・」の部分をめちゃくちゃ強調すれば誤解される可能性もあるが。)

でこういう人は大抵数学が嫌い。と言うと「おれは数学が嫌いだが、そんな誤解はいちいちしないぞ!」という人が絶対にいる(笑)。だからあんた数学が嫌いなんだよ。意味分かる?(私は「数学が嫌いな人は大抵こういう誤解をする」とは1ミリも言っていない。)

数学ってこういうロジックを学ぶ手段なんだと思えばも白いと思うんだけどね。

でも数学が嫌いでもいいのだ。そしたら哲学を学ぶ。この数学的考え方と哲学的考え方のどちらかを学べば、こういう噛み合わない会話はぐんと減る、という主張をどこかで見て、私はそれに大賛成なわけだ。そして私に言わせればこの手の人はよく物事を誤解する。ちょっとした誤解が一大勢力になる場合は、得てして数学も哲学も嫌いという人達が中心となっている気がしてならない。

高校でも理系、文系なんて区分けを止めて、数学系、哲学系とすれば良かろうに、と。

あ、冒頭で紹介した講義で、「必要十分」についてやるかは不明。でもきっと面白い
。勘で分かる。

# by tanboya3 | 2018-10-16 13:16 | 主張・提言・考え事

エアー抜きの深さ

朝からしっかり4時間かけて集落の山水水源の掃除を。2週間後に定例清掃が迫っているが、どうせ男手は誰も来ないので、少しでも時間が取れる今のうちにやっておこうと1人で山へ上がったのだ。

前回の掃除から2度の大雨があったので、水だまりには予想通りの量の土砂。腰の疲労に耐え、時々天を仰ぎながら、それでも2時間半くらいで形にした。

次は中間タンクへ移動。車で少し下りて、今度は山を歩いて上がる。ここもかなりの泥が。しかしいくら待てども来るはずの水が来ない。こういうことは時々あって、こうならないようにいつもは水源を発つときに念のため「エアー抜き」をするのだが、今日は疲れていたので省略してしまった。もう一度山を下り、車で水源へ。そして大体それでいけるという横着な方法でエアーを抜こうとしたが、今回はなぜか抜けない。すこし歩いてエアーを抜くとあっという間に水が流れ出した。要するに初めからこうやっていれば小一時間は早く終わったということ。

人生のいろんな場面でそのたびに思うが、水の流れというのは難しいものだ。洪水しかり、田畑しかり。このたびのようにパイプや地下で目で見えない場合、そしてエアーが絡んだ場合は特にだ。きっとこうだろう、ああだろう、と仮説・検証(トライ&エラー)を繰り返して何とかいい線で行くようになる。まあ何も水の流れを持ち出さなくても、私ら職人の世界では日々があまりにこうなのだが。

ちなみに「エアー抜き」ということ。日頃あまり意識しないが意外と馴染みのことであり、そして奥が深い。いわゆる気分転換のガス抜きだってこの手のもんだ。農業でいうなら篤農家と言われるような人たちは田畑でも意識する。水だけでなくエアーも。そうすれば土中の水を腐らせない管理に繋がる。だが、意識するのと、やるのとは別次元だ。大抵は理想の管理まではやらない。私の今日の水源掃除みたいなものだ。まともにやろうとすれば骨が折れるから、あわよくば横着にほどほどで解決しないかと期待してしまう。

# by tanboya3 | 2018-10-12 13:15 | その他

あわや定額貯金が無効に

郵便局が民営化する前の「定額貯金」が残っていたのを忘れていた。女房が気づいてくれて、そしてネットで調べて、預け入れた日から20年以上経ったものは無効になるらしいよ、と。2口合計で10万2千円分だ。なに~!!!と作業を中断し慌てて郵便局へ走った。

「平成5年ですか・・・」と渋い顔をする局の人。ちょっと待ってくれと言われて、どこかへ電話で問い合わせてくれている。祈るような気持ちで朗報を待つ。ちなみにこの貯金は、私が中学生になったときからお袋が機会あるたびに積み立ててくれていたもの。「この口座にいくらか残っている。これは利息がいい。それなりの金額になっているはずだ。大事に使え。」と手渡された時のことまではっきりと覚えている。なのに何をやってんだか。ごめんな、無駄にしたみたいだ・・と心の中であの世のお袋に語りかける。

見守ること数分、局の人の「ああ、そうですか。」という受け答えの声が明るい。そして電話が終わって、権利喪失の可能性も十分あったが私の場合は大丈夫だったとのこと。

この上もない安堵。金額ではない。お袋が入れてくれていたお金が無駄にならなかったということ。そしてめでたく3万7千円もの利息が上乗せされて戻されてきた。

通帳を見ると住所変更している。(その後も転居を繰り返したため権利喪失ルールの案内が一度も届かなかった。)登録印の変更もだ。私が29歳で千葉に移り住んでまもなくの時だ。しかしその時もその後も一度もお金を預けても下ろしてもいない。変更の手続きだけをしに局へ行ったということになるが、そんな律儀なことをするだろうかと、今となっては記憶もなく不思議なことである。

# by tanboya3 | 2018-10-11 13:14 | その他

ホオズキには弱った

来期の作付け計画を立てる時期である。輪作計画や資材の注文など、実質的な管理に必要だから立てなければならないのではあるが、他にも農業というのはいろんな制度を利用して営んでいるので、行政への計画提出なんてものもある。もちろんこちらは「見込み」の提出なので大まかで良い。しかし尻を叩いてもらうのに利用して、近年ではしっかりと詰めた計画をこの時期に立てるようにしている。

それがこのたびは計画を立てるのに難儀をしている。昨日書いたような雇用の事情というものもあるが、このたびは圃場適性の問題に苦慮している。

まずはゴボウ。7月大洪水のせいで、圃場条件が変わっている。いや、正確には変わったかどうかも分からない。変わったのか変わってないのか、変わったならどう変わったのか。そういうことが何もわからない。「だったら土壌分析をすれば」なんて言うなかれ。そんなことで解決するような単純なことをやっているわけではない。

そして今田地区の大豆。今年、一部の圃場でホオズキが爆発的に増えた。昨年までほぼ抑えていたつもりだったのに、どうしてこうなったのか。これは外来性の厄介な草だ。大豆の収穫時期にも青垂れてやがって、そのまま収穫すると大豆を汚す。だからあらかじめ除去が必要だが、手で抜いても鎌で切ってもその場でまた根をつけて生き返る。広い圃場だから畦際以外は持ち出しも不可能である。だからあらかじめ大きくなる前に抜き取っておく必要があって、今年も合間を見ては主に女房がやっていたが、広大な畑(7ha)では手におえず、またこいつは発芽時期が長期に渡り、いつまでもだらだらと生えてくる。そのためずいぶんと種(実)を落としてしまった。

このまま連作しては今後が思いやられる。だから水稲とのチェンジ(輪換)を考えている。例えば大豆は全て自然栽培の連作てやってきたが、今後は区別を設けて、自然栽培で連作を続ける区と、自然栽培の継続を諦めて時々水稲と回す区を作る。水稲ー大豆輪換はメジャーな手法だ。輪作することによるメリット、デメリットの双方が当然ある。

デメリットのうち、お米の食味の低下についてはかつて冬季湛水をして解決した実績があるのできっと何とかなる。メリットは水稲と大豆双方の雑草対策が楽になること、そして何よりも一番は大豆の収量が増えること。そこで興味があるのは、田畑輪換で収量が増えた大豆の品質というのはどうなのだろうかということ。ちなみにお米も収量が増えるという人がいるが、大豆後で水稲の収量が増えるようでは間違いなくお米はまずくなる。今触れた冬季湛水もそうならないための対策であって、お米の収量が増えるということにはならない。

水稲で悩んでいるクログワイ対策にもなるので、来年か再来年にはやりたい。それにしても、ホオズキめ。一時期は圃場の大区画化改良(畦を取っ払って暗排と直交する長方形化。0.5haを2.0haに。)も考えたが、やらなくて良かった。こういうこともあるから思い切ったことができんのよな。

# by tanboya3 | 2018-10-10 13:13 | 作業・技術(大豆)

モアがけの日々

ここ数日は怒涛の勢いで田津地区の畑の管理。メインはモアがけ。

緑肥圃場
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遊休地(受託作業)
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ついでに田んぼ
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苗代も
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この2週間で27時間もやっている。さすがに飽きた。昨日でようやく片が付いたところ。

このモアというやつはとてつもなく便利で、これがないと、もはやうちの経営は立ち行くまい。さすがに負荷も大きくて、毎年1回の爪の向き換え(2年に1度交換)を筆頭に、尾輪はこれまでに2度亀裂が入って溶接、もっとも重症だったのは軸のベアリングを焼いたこと。これは爪交換の不均衡のため回転する軸に隙間ができ、そこから緑肥の茎繊維が絡まったことが原因だった。ちなみに緑肥の種類によって軸両端の隙間への絡まり具合が違う。大麦、エン麦、ソルゴーはこれがない。これらをつい使うのにはこういう理由もある。

そろそろ行きそうなのが、ベルト。これはモアを買って10年来、一度も変えたことがない。しかし中山間直払い制度の遊休地管理を受けるようになった近年、負荷が凄まじい。遊休地はイノシシによって穿り返されているため、トラクターが前後上下にうねって、しばしばモアに土を嚙ませて回転を止めてしまうのだ。同時に漂うほのかな焼け臭。受け代金は知れているし、何よりトラクターがしばしば転倒しそうになって冷や冷やするのが嫌だ。今のところは自画自賛の仕組み(この遊休地管理の仕組みは私が作った)ではあるが、これからさらに遊休地が増えてくると課題も出てきそう。

でもこの度思ったのは、今の田津地区の清々しさ。おばさんが1人、きれいになって嬉しいからと上質の砂糖をくれた。なかなか暇がなく今の時期になってしまったんだけど、こんな災害があったときこそ、もう少し早くモアがけすれば良かった。あんなに大草にして大荒れにしていては気持ちも荒む。見た目がきれいになるだけで力が湧いてくるというものだ。


# by tanboya3 | 2018-10-05 13:12 | 作業・技術(その他)
うちが栽培している作物の品種についてよく聞かれる。9割はゴボウについて。「こんなに美味いんだから何か特殊な品種なんだろう?」という意味合いの場合が多い。

「柳川理想だ。」「なぜその品種にしたのか?」「このあたりでみんなが栽培しているからだ。」という会話までで大体ワンセットである。これでようやく相手は落ち着く。なんだ、とガッカリする人、ああよかったとホッとする人、もちろん声には出さないが、反応が様々に見て取れる。

好奇心のある人はさらに続く。「他の品種は試したのか?」「柳川理想が一番いいという結論か?」などなど。待ってましたとばかり答える。「ずいぶん前に1種類だけ試したが違いが分からないからやめた」「どの品種が一番いいかは分からない」、そして最後のトドメに行きつく。「私は品種には興味がない。」

実際に私は品種というものにあまり興味がない。

ちなみにお米の品種は「コシヒカリ」のみ。今の農業を始めたときに、とりあえずメジャーな品種にしておけば売るのに困らないだろうと考えたため。

大豆の品種は「サチユタカ」。以前は「トヨシロメ」だったが、これは研修先の社長から種を分けてもらったらトヨシロメだったから。そして今は、ほぼ全量を出荷しているやさか共同農場さんが自社栽培分をサチユタカにするといわれたので、ついでに足並みを揃えたから。

里芋は「土垂(どだれ)」。関東の主力らしいので、いつか関東で売るならこれがいいかなと。今は止めている人参も大麦も、すごく簡単な理由から品種を選んでいた。

農家には品種に拘る人もいるし、同時にいろんなのを試している人もいる。特に自然栽培農家などはそういう人が多いだろう。私ももっといろいろ試した方がいいんじゃないか、と言われたこともある。しかし私には今のところ全くその気がなくて、なぜかと聞かれれば、「興味がないからだ」と答えるしかない。

興味のないことをやるのは面倒なものだ。うちの経営確立のためにやるべきことはあまりに多いんだから、敢えて興味のないことをやるよりも、興味のあることをやる方がいいだろう。と、私はその程度でのん気に構えている。と言うとある新規就農者に、自然栽培をやるなら品種に拘らなければならないかと思っていた、気が楽になった、と言われたことがある。

その代わり「自家採種は大事かもよ」とは言うようにしている。私もこれには興味があってしっかりやっている。「自家採種がなぜ大事か」と聞かれれば、「その方がよく育つようになるからだ」と答えることだけは徹底している。よく育ったほうが経営に有利でしょ。


# by tanboya3 | 2018-10-04 13:10 | 作業・技術(その他)

はんだ牛蒡ブログアーカイブ。月1回更新。日々のブログは、http://handa-shizensaibai.jp/          


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